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退場第1号、第2号の奇妙な話
 昔の記録を調べていると意外な事実が発見できます。 プロ野球退場の第1号もその一つでしょう。
 1936年(昭和11年)11月の甲子園球場のタイガース対セネタース戦でのこと。 セネタースの苅田久徳二塁手が左中間を破って三塁に滑り込んだ。 二出川延明審判は「アウト」。 苅田さんが「こんなアウトがあるか」と二出川さんの背中を押したところ「無礼者、さがれ」と一喝された。 苅田さんはベンチに戻りバットの先にグラブを通して肩に担ぎ退場したというのです。 二出川審判は「退場は宣告していない。さがれ″を誤解したのだろう」というのです。 退場でないのに退場した苅田さんは、こうして「退場第1号」として球史に名を残しましたが、二出川さんは名審判として苅田さんは名二塁手として殿堂入りしています。
 退場第2号も殿堂入りの野球人で、名審判の島秀之助さんです。 島さんが金鯱の監督兼外野手だった1936年、三塁コーチの島さんがホーム上のアウトの宣告に「見ていないのか」とやって退場の宣告をされました。 須崎球場は、ベンチ裏がすぐ道路で退場するところがなかったそうです。 仕方なく審判団は「ベンチの隅に座っていろ」と命じました。退場になったらベンチにいてはいけません。
 退場でない苅田さんが退場者第1号、退場なのに退場できなかった島さんが退場者第2号。 奇妙で愉快な話ではありませんか。
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